無職119日目。5月25日。

無職119日目。5月25日。

朝、8:10に起きる。今日は長野に行く予定があり、新宿郵便局前7:50集合の予定であった。こないだ、湘南の方へ行くときにも集合時間に起きるということをしている自分である。またか、と一人ショックを噛み締める。ショックなのは相手も同じであろう。すいません。

長野に向かう途中は、ずっと昨日の話のことばかり考えていた。酔っぱらっていたとはいえ、ひどいことを言ったものだということと、実際それを思っているところもあるということ、しかし、それは本当にそれに対することだけなのか、それとも、自分に関する事が関わっているがためにそう思ってしまうのか。頭の中がうまく整理が着かずに、なんとなく罪悪感のようなものだけ残してひたすらに車は長野に進む。そんな昨日があった、目覚めが寝坊というところで、今日の始まりは、どうしようもないものだった。

長野はなんともつかめないところで、自分が寝ていたせいもあるだろうし、見たところがというところもあるし、滞在時間が短いからというところもあるし、地元の人と触れ合ってないからというところも大きいのであろう。そして、地元の人とそれほど触れ合えないところでもってする旅行が自分はちょっと苦手だということが最近の気付きである。山形に行った時も、自分の調子が悪かったとはいえ、やっぱりどうにも馴染めない感じがあった。ただ旅行慣れしていないから、どう楽しんでいいのか分からないところもあるのかもしれない。旅行してるのだから、旅行を楽しまなければいけないということを気にしすぎているのかもしれない。普通に車内で話したり、ご飯食べて話したり、歩いて話したりするのは楽しかった。クラフトフェアも大分楽しかった。あそこは、地元の人が見れた気がするし(特殊な人たちかもしれないけれど)、見たかった、あの子も少しだけれど見れたから。

帰りもずっと反省をしていた。多分今自分はあまりよくないところにあるんだろう。仕事も、今これといってちゃんと終わりが決まっているものがない。つーっと続いているのはあるのだけれど、どこで終わりなのかを自分で決めなくちゃいけないのに、その目標をちゃんと見定めていないところでもって、仕事をある形としてちゃんととらえられなくて、なんともつかめないところに居るんだと思う。それと、自分の今進むところもそうで、目標というもの、考えなくちゃいけないこと、考えたい事がうまくまとまっていなくて、ふわふわ浮いている、それは溶け出した形で浮いていて混ざり合っているところ。ちょっと形としてとらえられるように、自分で、多分それは言葉にしないとうまくとらえられないから、言葉で形を撫でていって、認識しておかないと、自分まで溶け出してしまうんだろう。

会社に入っているなら、あまり考えなくても、そういった物事はある程度進むし、次第に考える事になるけれど、ちゃんと仕事が定まってないところで、自分がどうありたいかをきちんと持つというところがないと、どうしようもなくなってしまうなあとMさんと話しながら、考えていた。多分、そういうことを考えなくても大丈夫な人も居るんだと思っている。でも単純に自分は何もしないことが耐えられないから、そういう状況に自分を置く事は出来ないから、じゃあ、考えていかなくちゃね、ということになるのである。

まだ、あまりにも漠然としすぎているところもあるけれど、単純に食べられなくなって死んでしまうことになるので(そこまではなかなか至らないとは思うんだけれど)、考えることにちゃんと追いつめられるところでもあるし、逃げようによってはいくらでも逃げられるから、腹は相変わらずまだくくれていなかったようです。いや、仕事仕事のときはくくるんだけれど、それはまだ一時のところでしかなくて、それを自分の根源の部分に置いておきたいなあ。

まずは、自分自身をきちんと感じないといけないとか思ってる。思い出して、昔の自分を。なんとなくうまくいってて調子にのっているなあ。そして、調子にのっているとかあまり言ってくれる人もいないから。もっとだめな自分を出していかないといけないなあとか考えている夜。もう3時半。眠る。

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