無職93日目。4月29日。
無職93日目。4月29日。快晴。
昨日IIDにいく予定に切り替えたので、朝起きてとりあえず痛む親知らずをどうにかしようと歯医者をさがし電話をするが、3軒とも留守という状況にGWは歯医者も休むのだと理解し、あきらめ選択を終わらせ家を出る。駅に向かう途中で今日が祝日だという事に気づいて納得する。土日、平日などというところはなんとか身に引き寄せてとめてはいるが、祝日となるともうわけがわからないところに追いやられて見失ってしまうということを思い知る。そう、後から考えればIIDの今日のイベントはグリーンデイなわけで、名前は変わってしまったけれど今日は緑の日なのである。
IIDにはひさしぶりに訪れることになるのだけれど、今日はボランティアではなく、人に会う用事2つがメインで、手伝いはその後に控えている。一人目は、昨日ふいにメールがきて、検索で自分の本を買いたいといってくれたひとで、なぜかwebを教えてほしいというような内容で、よくわからないけれどすぐにそういうことをメールしてしまう人にひかれたので、すぐ会うことにする。丁度IIDに近い家に住んでいた。その人に会った瞬間なんとなく大丈夫な気がした。実際話をいくつかすると、最近の流れの接点も多く、何かが始まりそうな人であった。近々家に遊びにいく約束をたて、Nさんの手伝いの方に行く。
ひさしぶりのIIDでは、また新しい自分と新しい関わり方で会えるであろう周りの人との会話が面白く、とにかく楽しい気持ちになる。ここにいて、自分の場所を感じるけれど、決してここに住居をもっているわけではないような自由な感覚が漂い、にこにこ挨拶をしてまわる。そしてものすごい差をなして、何か動いていきそうな気配を持っている人と、もう滞ってしまっていて、これからしばらくはどうにもならないんじゃないかという人との差が激しく、丁度変わり目だと言うこの年代と、年代だけじゃないところのいろいろとを思って、IIDでの自分の前までの立ち位置も終わりを迎えたんだということを考える。
もう一人の会う予定の方も自分の本が買いたいといってくださっている方で、お話をして、終わりにお仕事をいただく。自分のものを好きだと言ってくれて、そこから始まる仕事という者のなんという大きさかをとんと思い知っている。お金なんていうよりも大きな可能性を秘めた始まりを持つ仕事というものはそういうものだと思っている。思い込んでいるとしたら、そのままで良い。
終わりにビールを2本、3本と、いくらかのご飯を食べて帰る。
途中Mくんからあった電話と、Tちゃんに偶然会えた事が、この場所が今進んでいる現実だということを強く印象づける。何ともいえないただ名前のない重苦しい酸素不足の空気を漂わせていた中で、それらは自分に強い濃度の酸素を与えたような気がする。
批判的になってしまうのは、まだまだ自分も途上だという事の現れかもしれない。でもいいの。自分は確かに楽しく生きていて、楽しさをきちんと吸収出来る根がしっかり生えていると感じているから。
大量の表面的な言葉を話すこどもたちと、素直な気持ちをぽろりとこぼすおとなの可愛さというものは、自分の中のこどもとおとなの立ち位置を逆転させる。
今日は自分も社会にならって祝日として休みの日にしよう。明日からまた、仕事をがんばろうと思います。