無職70日目。4月6日。
無職70日目。4月6日。晴れ。
高校生ウィーク最終日に向かう日曜日。入稿が月曜日ではなく、水曜日に変更になったのもあって、一日遅くまで居るのだと朝早く電車に乗り込んで向かう。土浦駅の車両きり離しで眼鏡の女性に「乗り換えですよ」と起こされ、良い一日だと確信する。
水戸は晴れていても東京よりは寒く、駅で待ち合わせしてKちゃんとカフェRINでご飯を食べる。最初からきめていたあつあつチーズのミートボールスパゲ ティのランチセット1050円を注文するが、やっぱりおなかがいっぱいになる。タバコをすってゆっくりして、タッパーをもらって、ライターをもらって芸術 館に行く。ずっと離れていても(といっても1月弱)すぐにああ、と感覚が戻ってくるのがすごいなあといつも思う。芸術館の青い空とネズミ色のタワーと緑の 芝が目に入れば、ああ、とすぐ戻ってくる。自分の始まりの場所という部分は大きく、そして誰にとっても(そこに不思議に魅入られた人は)始まりの場所にな るであろうというのは、今回出すR&Dという水戸芸術館のフリーペーパーに寄せた自分のコメントの最後の一文だけれど。
カフェは最終日ということで、何よりも誰よりもスタッフや、そこに何度も足を運んだ人たちにとってすごく大事な日になっていて、来ている顔を見ればそれがすぐに分かるというから不思議で。
高校生ウィークの始まる数日前から、始まって数日、と、今日の最終日にくることが出来て、その中の空気やみんなの顔の変化がよくわかった。まだ、なんとな く芸術館のムードと馴染まないで強くその存在感を出していた高校生スタッフたちが、もう最終日にはあの場所の空気にすごく馴染んで、それまで確固たる自分 として作り上げた表面というような際立ち方じゃない内面の部分がじわぁと、その場の空気を通じて伝わってくるような存在感の出し方で、ああ、なるほど素敵 な子たちだったわけだと認識した。でもまだ、何となくその芸術館との距離感がうまくないようななんともこそばゆいような感じもあって、これがまた1年1年 とその年ごとの関わり方をした時にどうなるんだろうなあなんてことを考えたりしながら、縫い物をしたりトイレに行ったりタバコを吸ったりしていた。
カフェの終わりにはクロージングパーティと称し、歌あり踊りありもんじゃありのパーティが始まる。懐かしいHが人工芝で作られた丸いステージに上がり歌を 披露する。決してものすごい上手というわけではないけれど、彼のその演奏だったり歌だったり、何よりそこでそれをしているというところに感動した。その後 も次々と繰り広げられるぐだぐだのエンターテインメントもすごく良くて、こういうことを、やれる、やりたく楽しそうにやっていることが一番素敵だと、座っ て見ている自分を少し戒めたりもする。杏仁豆腐を食べながら。
最後にお世話になった芸術館の方々などへのプレゼントなどが行われ、意外にも今までこういうことがなかったらしいところでとても良いなあというのと、出来 なかった自分が少し悲しいなあと思う。自分もこっそりつくってきた1to1カフェモチーフのキャラクターを、こっそりとプレゼントする。
最後にはみんなが一人ずつステージにあがり今回の感想なんかを話す。自分にまでまわってきてどきどきしてしまった。驚くのは、どの子たちも、ステージにあ がって、ありきたりな言葉じゃなく、自分の言葉で思ったことを言っていること。現代の高校生たちはちょっとすごいのかもしれないし、多分本当はみんなもっ ているもので、それを出せるような空気感を作れている場所と言う部分ですごいのかもしれない。そしてその空気感はそこにいるみんなが作っているというこ と。
そんなに沢山話したりしていたわけじゃないのに、「ゴロゥさんの本買いました。」と言ってくれる人や「話したいです。」と話しかけてくれた子、「ゴロゥさ んの笑い方が好きです。」と、馬鹿にしてるのかほめてるのか分からないことを言ってくれる子など、自分の存在も見ていてくれたことがまた嬉しく。にやにや 思ったので忘れないように自慢げに記す。
新しく作った「まあまあおいしいふつうのりょうり」の試作本も見せ歩き、好評で喜ぶ。
あの時期のあの場所に行くと自分がすごくすんなりとこう居たいんだよね、そうそう、という自分がやってくるのが本当にすごく、毎回ここは自分の聖域だとエナジースポットだと、トイレでそう考えていた。
会いたかったYさんにもやっとあえて、新春シャンソンショーのCDを頂く。
そう、会を重ねるごとに仲良くなる人、自分の中に名前が刻まれる人が増えていって、毎回毎回久しぶりだと懐かしむのが嬉しく、それ以上に嬉しいのは、ただ懐かしいねという話をするよりも、今の話、これからの話ばかりが進むということが一番嬉しい。
なんでこんなにも素敵な人たちが集まるのだろうかと、そしてテンデバラバラで普通に考えると接点がないような人たちが当たり前に仲良くある、一番自分の望んでいるような人たちの場所。
毎年、この期間に今までの自分を感じ、最初の気持ちを思いだし、また新しい何かが当たり前のように始まる。行けて良かった。また来年の春には、自分はいったいどこまで流れているんだろうかと、わくわくして芸術館を後にする。
